今ではすっかりバソン奏者として定着した私。
だが勿論の話、楽器を本格的に始めた時はファゴット(ドイツ式)で、それは16歳の頃。
その後41歳まで結局25年に亘ってファゴットを吹いた訳だけど、
私にとっての全盛期、20歳そこそこだった時代は、オールド・ヘッケルが主流。
プロやプロを目指す者は皆、ヘッケルを求め「腐ってもヘッケル」なんて諺(?)も有った程。
因みに、ここで言うオールドとは、主に第二次大戦以前に製作された楽器。
大戦後20年間程の間に製作されたヘッケルは、使用された材木が乾ききっていない状態であったため不安定で、当時はオールドが持て囃された・・という背景もあった。
しかし、そのオールド・ヘッケルってのは、いざ吹いてみると、まず音程悪いし、
音色のバラつきとかの欠点も多々有って「これはエライこっちゃ!」と、誰しもが一度は心が折れかけてしまう厄介なシロモノ。
でも、そこをぐっと堪えて使いこんで行けば、ヘッケルって、1本1本それぞれが独自の音色を持ってて、そして吹く奏者によって奏者独自の「音色感」が活かされ、独特の「音の艶」というものを産み出す。
それはもうホンマに魅力的な楽器。。と皆が感じていたものだった。
その頃って、「あの人、ヘタだけど音は良いよね・・」とか、逆に「あの人、上手いけど音はイマイチやね・・」とか、
上手いorヘタ とは無関係に「良い音」、、っていう褒め言葉が、ファゴットの世界には有ったんだよなぁ。。
ってか、それって木管楽器では当たり前の話だと思うんだけど・・。
しかし、20世紀も終わろうかという頃になって、ふと気が付けば・・・
より大きな音が鳴り、より正確な音程で吹き易くなったニュー・ヘッケル等が主流になって・・・、
まあ、そりゃ確かに、凄い音(他の木管楽器を吹っ飛ばしてしまう程)が鳴るけど・・・
楽に正確な音程が取れるみたいだけど・・・
楽器があまりに進化し過ぎて、誰が吹いても同じ音・・・
奏者独自の「音色感」が入り込む余地なんて無いんだろな・・・
いつしか「音色感」「音の艶」とかが死語になってしまって・・・
もう今の時代「良い音」なんて褒め言葉は存在せず(だってみんな同じ良い音だし・・・)、ただ「上手いorヘタ」だけで評価されるようになってしまったファゴットの世界。
それって、木管奏者として寂しい話、、だと私は思うんだけど・・・
何となくそんな事を思ったまま、宝塚オーケストラを辞めさせられようとしていた時、ちょっとしたきっかけで「バソンを始めてみよう。バソンなら、まだまだ『音色感』を追及出来る」と思い立って、遂に2001年、思い切ってオールド・ヘッケルとは決別。そしてバソンに転向!。
当初手にした楽器は、憧れのポール・オンニュ氏の全盛時代のモデル、製作後40~50年程度経過したと思われるバソン(ビュフェ・クランポン社製)だったけど、これが中々手ごわい楽器・・・
20年ファゴットでプロとして生きて来た私が、全くの初心者レベルに戻ってしまう程(冗談抜きで!)の難しいものでした。
当時、小学校2年生だったウチの娘に「おとーさん、ヘタになったね」
なんてハッキリ言われた程・・・そりゃあ、ねぇ・・・
ファゴット吹きがバソン吹くのは、ファゴット吹きがオーボエ吹くよりも難しい。なんて理屈が子供に解る筈もないのだけど、その分、ホンマの事を言うもんやね。
その約半年後に、ビュフェ・クランポン社にオーダーしていたニュー・バソンを手にし、徐々に吹きこなせるようになって行ったものの。それでも人前で吹く勇気を持てるようになるまでには3年以上の月日がかかってしまった。
聴いてくれる人達に「良い音」と思って貰えるように・・・
そんな理想を求めてバソンを吹き続けたものの、それは苦難の連続・・・まず、リードがなかなか安定しない。。まあ、これは
ダブルリード奏者なら誰しも同じ悩みを持つものだけど、とにかく、ソロ演奏をはじめ、オーケストラや、色んな編成の室内で吹いてきたけども、自分で納得できる音を出せた時なんて、ほんの数回。。
オケで吹き始めた当初などは、過去のファゴット時代の私の音を知ってる人から、
「アンタ、昔はもっと良い音してたのに・・。どうしたん?」
なんて言われる始末。
まあでも、そんなもんでしょ。
簡単に行かないからこそ、深みのある「艶」の有る音を出せるようになる。そう思って頑張ってたけど、今振り返れば、
あの当時、自分の音が不安定だったのは、ただ単にリードの問題だけではなく、自分の方向性・進むべき道が見えていなかったからだったと思う。
実は、自分の方向性を見出せなかった原因の一つに、私の出す音が、他のバソン奏者から「バソンらしくない音」とか、
「ジャーマン的な音」などと言われて、妙に迷ってしまっていた、ってのも挙げられるかな。
日本のバソン愛好家は、20世紀のバソンの巨匠:モーリス・アラール氏を崇拝している人が多いんだけど、実は私、アラールさんの演奏の完成度は崇拝するけど、アラールさんの音色はあまり好きじゃなくて、同じ時期の巨匠としては、前述のポール・オンニュ氏の方が好きだった。というバソン奏者の中での嗜好性の違いも有ったけど、かといって、私がオンニュのような音を出せていた訳でもなく、これは決してアラール派とオンニュ派の確執とかでもなく・・・
とにかく私は、バソンを吹きながら、他のバソン奏者からは「ジャーマン的」と言われ、バソン奏者の一人として数えて貰えない「どっちつかず」の奏者。例えるなら、哺乳類なのに鳥のように空を飛ぶコウモリが、鳥の仲間にも獣の仲間にも入れない、、みたいな。
そんなコウモリのような存在だったんです。私は・・・。
でも、そんなコウモリのような私が、周りの色んな人達から
「いやーー、バソンって、ホンマに良い音ですね!」
と言われるようになってきたのは、バソン転向から10年近く経ってからだろうか・・・それは、或る時をキッカケに・・とかではなく「いつの間にか」って感じ。
おのずと、自分の音色にも自信が持てるようになったけど、今振り返って思うに・・・
今自分が手にしている楽器を目一杯、ポテンシャル通り鳴らして、その音に自分の音楽性を載せる事が出来たなら、それが自分にとって最も「良い音」であり、「艶」の有る音となる。
アラールだとかオンニュだとかを真似るのではなく、自分にしか出せない「中山」の音を出そう!。
そう考えるようになってから、いつの間にか
「良い音ですね!」
って言って貰えるようになったと思う。
他のバソン奏者達から何と言われようと構うものか! コウモリ上等! 良いものは良い!
「良い音ですね!」って言わせてナンボやで!
今、手にしているモダン楽器のバソンに、特に不満が有る訳でもない。
それなりに「良い音」も確立されてきた。
それでも何故か「自分には何かが足りない」っていう強迫観念のようなものを、ここ数年の間、ずーーっと抱えてたんです、実は。
それは一体何なのか・・・?
それは結局、少年期に聴いて憧れた、あのポール・オンニュの音。
低音域の深く重厚な響き、そして高音域のあのバソン独特の甘い「艶」のある音。
自分は、せっかくバソンを吹いているのに、そのバソン独特の甘い「艶」のある高音が出せていない。
と自分でも判っていた。
でも、いつぞや手にした、古いバソンなら、その「艶」を感じられた。
いや、、決して今のモダン・バソンが、それを欠いている訳ではない。
ヘッケル程は進化していないモダン・バソンなら、その艶は出せる筈。
でも現状は出せていない。ならば・・・
オールド・バソン、それも出来ればあのヘッケルのような戦前の楽器を手にして吹きこなし、艶のある音色感を養って、それをモダン・バソンで活かしたい!
でも、、そんな古い楽器なんて、、なかなか世の中に出回らないのが現実。
ところが・・・
音楽の神様は粋な計らいをしてくれるもの。
ひょんなきっかけからバソン奏者として盟友となった二口氏から、製作後約100年のオールド・バソンを入手出来る機会を貰い、遂に念願かなって2016年11月にオールド・バソンをGET!
それからというもの、もう日頃の練習は完全にオールドが主に。モダン吹くのは、オケ等で吹く時とその直前くらい。
完全にオールドがメインになってしまいましたわ。でもこのオールド・・・それはそれは手ごわい楽器です。
こんなん、ハッキリ言って、今からバソンを始めようなんて人には絶対に無理!
でも俺って、、実はマゾなのかして、その超大変な楽器を、必死のパッチで吹く苦しみを快感としてるのか、もう毎日が楽しい!ホンマに!
そして、その苦労して吹きこなしていく中で、あの拘った「艶」が得られて行くのが実感出来て。更には、最早週末だけしか吹かなくなったモダン楽器が、ここへ来て「何て吹き易い、良い楽器なんだろう!」って思えるようになり、当初の目論み通り「オールドで養った音色感をモダンで活かす」が見事に実践出来ている。。。
今、オールドは勿論、モダンでも「艶」を得つつあると確信してます!
盟友・二口君と結成したオールド・バソン・デュオ。
私は、かくかくしかじかでオールドを吹くに至ったけど、二口君は、元は私と同じくオールド・ヘッケルを吹いていたけども、
バロック音楽のスペシャリストであり、そしてバロックファゴットのプロ。つまり、バロックファゴットからの流れでオールド・バソンに辿り着いた。
という、私とはちょっと異なる道程だったので、同じ時代の楽器を使っても、二人それぞれが全く違う音色感を発揮。
えっ?でも、それってアンサンブル的にどうなん??
と思われるかもしれません。
しかし、それこそが原点である「奏者独自の音色感」の追求の結果。同じ時代の同じメーカーの楽器という大きな枠の同一性の中にありながら、二人の音にそれぞれの個性が出ているからこそ、聴いていて面白い!
全く同じ音色同志なんて、個性が見えなくて面白くも何ともない!
何よりも、音楽に対する価値観が一致する二人であるから、違う音色での絶妙の掛け合いが、本当に面白いアンサンブルを産み出す。聴いて戴く皆さんには、これまでに観た事も聴いた事も無い、、、でも実は懐かしい「木の音」、本来の木管楽器の世界を満喫して戴く。
これが我々デュオの目指すところ。
良いものは良い。。。木の音がしなければ木管楽器ではない!
これらが、我々のスローガンです!